teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


失礼しました

 投稿者:住職メール  投稿日:2011年 5月 5日(木)15時30分54秒
  “僧侶になるには”に高卒の場合を書き加えました
修行期間は7年必要です
決して修行の資格がないわけではありません

学歴は重要ではありませんがひとつの資格として考えられているのは事実です

 
 

僧にも学歴?

 投稿者:日々勉強の高卒中年  投稿日:2011年 5月 4日(水)22時17分10秒
  はじめまして。
★僧侶となるには★を拝見いたしました。
発心した者が高卒であった場合、僧として修行する資格も無いようですが
それはなぜでしょうか?
志高く勉学・修行の意欲があっても、様々な事情で大学には行けなかった者もあろうかと
思うのですが、俗世の学歴はやはり重要なのでしょうか?
 

灸屋さん

 投稿者:住職メール  投稿日:2011年 4月23日(土)19時11分0秒
  “住職 自己紹介”欄の下段★僧侶となるには★において簡単な説明をしております
ご覧下さい
 

はじめまして

 投稿者:灸屋メール  投稿日:2011年 4月20日(水)11時59分31秒
  臨済宗の教えに大変興味があり、僧侶になる方法を検討しているのですが、臨済宗の場合どういった方法があるのでしょうか?(当方は柔道整復師、鍼灸師を生業としておりまして、社会福祉系の四年生大学を卒業いたしました。)
お忙しところ誠に恐縮なのですがご教授いただけると幸いです。
 

(無題)

 投稿者:住職メール  投稿日:2011年 3月16日(水)08時35分36秒
  日本は試練のときを迎えました

ただ不景気だけを嘆いていた時代が随分前の事に感じます

今こそ自分のできうることを考えて冷静に行動しましょう

自分や家族のことだけではなく広い心で社会や国のことを考えましょう

不安が不安を引き起こさないようになるべく前向きな気持ちと表情でいましょう
 

いろいろと有難うございました。

 投稿者:未悠メール  投稿日:2011年 3月 9日(水)15時38分22秒
  住職さん、こんにちは。
私は臨済宗の僧侶になることに決意いたしました。
岐阜県関市の心山寺というところに入ります。
 

(無題)

 投稿者:住職メール  投稿日:2011年 2月17日(木)11時10分49秒
  感謝をしていただいたことに感謝いたします
ありがとうございました


またいつでも書き込んでください
私もご縁が広がってうれしいです
自分の勉強にもなりました


 

(無題)

 投稿者:麻希  投稿日:2011年 2月16日(水)22時00分27秒
  ご住職さま

涙が出てきました…。
悲しいのではなく
喜びに似た 感謝の気持ちでいっぱいです。
右も左もわからず ウロウロしているところを
道をお教え下さる御方に出会える…。
見ず知らずの私にお教え下さってありがとうございます。

実は昨日メールをお送りしたあとに
「座禅のすすめ」を拝読させていただきました。
軽くなろう 重いものは捨てて 軽くなろう…とあり
ふと気づきました。
私は右手で重いものを捨てながら
左手で拾ってどんどん背中にのっけているのではないか…、と。

悩みの原因となることを作ってはいけない…
近づいてはいけない…
'八正道’の教え…
そういう世界があることを知ったことで
自分自身を客観的に見れました。
私はわざわざ近づいて悩みの原因となることを作っていた、のですね。

…誠を実践するために悩みを作らないで下さい…
私にとって大きな言葉です。
誠のみならず他のこともあてはまると思いました。

…言葉を使わなくても目や態度で誠を尽くすこと…
けっして簡単な道ではないでしょうが
亀さんの歩みでも一歩一歩近づけるよう実践していこうと思います。

今日はとても良いお天気に恵まれました。
自転車をこぎながら「いいこと」の詩を思い出しました。
良い詩ですね…。
自由に自転車をこげる…
健康で元気でいられる…
春風の中を通り抜けながら 私もまねっこさせていただきました(笑)。

まだまだお教えいただきたいことがいっぱいございますが
自分自身の方がついていけなくなりますので
まずはお教えいただいた一つひとつのことを大切に
実践していきたいと思います。

季節の変わり目ですので
お体どうぞご自愛くださいませ…。

またホームページを訪問させていただきます。

ご多忙中にもかかわらず
本当にたくさんのご教授をありがとうございましたm(_ _)m。
 

(無題)

 投稿者:住職メール  投稿日:2011年 2月15日(火)21時05分40秒
  段々と難しくなってきますね(笑)


“誠”と“中庸”という考えは経典の中にあまり見たことがありません
“中庸”は儒教の教えではないかと思います
仏教では“中道”ですね
誠を求めるがゆえに人の心を傷つけるかもしれないという考えはお釈迦様は
お持ちではなかったのではないかと思うのです


それならば傷つけることになるような人には近づいてはいけない
言葉を交わしてはいけない
とおっしゃるのではないかと思います


悩みの原因となることを作ってはいけない
近づいてはいけない
結果には必ず原因が存在する
だから正しい行いをしてその煩悩の元を絶とう
というのが“八正道”の教えです
煩悩の火は自分を焼き尽くしてしまいます


しかしながら現代の人間社会では付き合いたくない人とももちろん
付き合わなければなりません
その人の本心がどのようなものなのかはわからないものですよね


ですからあえて“誠”の実践を考えるのではなく静かな気持ちで
優しい目で相手を見守って導いてあげたらいかがでしょう
誠を実践するために悩みを作らないで下さい


“君見よ双眼の色 語らざれば憂い無きに似たり”


言葉を使わなくても目や態度で誠を尽くすことができますよ
そうすればうそをつく必要もありません
それができたらあなたはひとまわりもふたまわりも大きな人間に
なれるでしょう
信頼を裏切られてもそれを許せる大きな心が備わると思います


いかがですか?


 

ありがとうございます。

 投稿者:麻希  投稿日:2011年 2月15日(火)19時48分50秒
  ご住職さま

禅の修業道場での東司掃除のお話とてもためになります。
頭の中が整理されてきました。
わかりやすくお話して下さり ありがとうございます。

…忘己利他…
日々の生活の中でついつい忘他利己になっている自分を戒めて
忘己利他を思い出しながら生きて(実践して)いこうと思います。

すみません…
またわからないことが出てきました。

「'誠'は'中庸'よりも一層重要な概念である」というのを読みました。
誠…ウソ偽りのない心…とあります。

その反面、
人を傷つける正直さよりも
人を温めるウソの方が大切…、
という言葉もあります。

'誠'で在るかいなか
そのはざまで心が揺れ動きます。
'誠'を実践しようとするとき勇気がいります。

自分自身を振り返ると
その瞬間はカチンときても
時が流れていくうちに
今まで'誠'で言って下さった方々に
感謝の気持ちになります。

逆の経験もあり
今まで信頼し何十年も親しくして下さっていた人が
実は腹の中はまったく違っていた…
今までは何だったのだろうかと…
ウソだったのか…
ポーズだったのか…
そうなると今度は警戒するようになります。
そういう場合、
私にとっては崖から突き落とされるような感じがしましたが、
その人にとっては腹の中は違っていても
それでも親しくして下さったことは
その人にとりましては功徳になるのでしょうか…。

'誠'が一層重要な概念という意味がわかります。
けれども常に'誠'を発揮できるかというと
心は揺れ動きます。

「心のルール」を拝読させていただきました。
その中に
知恵…ほとけさまだったらどうするか、考えよう とありました。

ふと…
1+1=2を知らなければ1×1=1をいくら考えてもわからないのと同じで
お釈迦様が「どうされた」のかを「知らない」ので
「どうするか」考えてもわからないことに気づきました。

お釈迦様は'誠'について何とおっしゃられているのでしょうか…。
また
ご住職さまは日々人と接される時どうされていらっしゃるのでしょうか…。

わかっているようで何もわかっていない…
いざ 自分に問うてみると答えられない…
無知なゆえ くだらない質問 困った質問で 申し訳ございません。
乱文お許し下さい。
よろしくお願い申し上げます。
 

レンタル掲示板
/22