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全100件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

浄化槽取り付け工事が始まった

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 6月15日(月)21時01分4秒
  月曜日。今日から浄化槽取り付け工事が始まった。まずその位置に立っている大きな樫の木を切ってもらうことから。樫の木のそばにはグミの木もある。紅葉の木もある。赤南天も白南天も栄えている。それから暮風の大好きな鹿の子ユリも群落を為している。鹿の子ユリはスコップで掘り上げておラッテ移し替えた。大きな木の木株はブルが力を発揮して片付けた。  

からりと晴れて

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 6月14日(日)09時56分7秒
  日曜日。梅雨どきだというのに、からりと晴れている。どこにも行かない。玄関先にも出ない。

下着のまま、窓を開けて透かし百合の庭を眺めている。部屋に涼しい風も吹き込んできて爽やかだ。
 

おはよう

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 6月 9日(火)06時08分48秒
  おはよう。

おはようを言う人がいるのはきっと幸せなこと。

おはようを聞く。

こころの耳でおはようを聞くのはきっと幸せなこと。

誰に向かってのおはよう? 誰からのおはよう?

おはよう。日の隈山のズクから夜中におはよう。
おはよう。日の隈山のズクにおはよう、早朝5時のおはよう。

おはよう。ズクは人ではないけれど、おはよう。

おはようを言う人がいるのはきっと幸せなこと。

どこかでおはようを聞いていてくれる人がいるのはきっと幸せなこと。

おはよう。
 

ユリ屋敷

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 6月 7日(日)16時09分57秒
  二話にユリが咲き出した。いまは透かし百合。色とりどりに咲いている。鹿の子ユリも蕾を作った。もうすぐに鹿の子斑(まだら)の可愛い花を着けるだろう。楽しみだ。オニユリは茎を伸ばすことに専念している。7月を待って咲き出すに違いない。我が家はさしずめユリ屋敷だ。  

さみしさを揺らす

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 5月29日(金)20時48分9秒
  さみしい。

いつになったら、さみしくなんかなくなるのだろう?

長いこと生きてきたんだから、たいがいでそこを乗り越えていいはずなんだ。いいはずなんだが、あいかわらずそこにいる。立ちつくしている。

こんなはずじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。

もういまの僕の年齢の頃になっていれば、予定では、とっくにその風の岩場を超して春の花園にでて、僕は安らいでいたはずだったんだ。岩場は風がうなるばかり。僕はまだごつごつとした感情の岩場にしかいないのだ。

さみしい。誰かいないか。暮風のさみしさを癒すことのできる人はいないか。

ってったって、いるわけがない。一人を一人であやす。感情を揺りかごに寝せて、理性が揺らす。
 

山巓の岩場にいるたましい その1

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 5月26日(火)08時36分11秒
  たましいはもうここに何千年何万年も座っているのに、見つけて声をかけてくれる人はなかなか現れない。

    *

で、暮風が声をかけることにした。見晴らしのいい山巓の岩場の上にそのたましいは座っている。あたりの新緑に朝日があたっていてそこら中がきらきらしている。新緑の若葉なのかたましいなのか区別がつきにくいが、暮風の眼識が被写体をとらえる。

     *

「やあ」

     *

「やあ」

     *

はじめはぎこちない。挨拶も短い。堅い。斜め斜めに飛び交ってしまって、うまくキャッチできない。

     *

「隣に座っていい?」
恐る恐る近寄ってみる。彼女はちょっとまだ当惑気味に見える。千年万年ぶりで声をかけてもらうんだから、慣れるのに時間がかかるってのも合点できる。腕が白くて滑らかだ。たましいの彼女は朴(ほう)の匂いがする。
 

口笛の小鳥

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 5月23日(土)16時35分27秒
  (2009/5/23 記)

昨日小田温泉の民宿「よろずや」に宿泊した。

    *

4才年長の従兄弟と二人で。

    *

露天風呂に浸かってのんびりゆっくりした。

    *

山の小鳥たちが近くへ来て、歓迎会を開いてくれた。

    *

幾種類もの小鳥たちが「今度はぼくの出番、わたしの出番」と言っては歌を歌って踊ってくれた。

    *

聞いてばかりじゃ悪くて僕も、小鳥になって口笛を吹いた。

    *

どっちがどっちか分からないくらいに、僕は上手に口笛の小鳥になった。幾種類もの小鳥になった。

    *

なんてったって、ぼくは酉年の生まれなんだ。もともとはぼくはみんなと同じように山で小鳥をして暮らしていたんだから、歌うくらい慣れたもんだったってわけだ。
 

にんげんという生命宇宙のふくらみ

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 5月22日(金)08時45分21秒
  どうなっているんだろう? 反応をするってどういうことなんだ?

男性にはなくて女性にのみ供えられた胸のふくらみ。そこはなだらかな春の丘。こんもりせり上がった山。山の白い稜線。あるいは単純細胞がいまにも二分裂はじめたような突起。突起してそこから新しい生命が誕生しそうな。海の珊瑚の月夜の出産を思わせて。やがて宇宙になる女性の胸のふくらみ。

ヌードの写真集が売れるわけだ。美しい。

裸を見て反応をしない男性がいるだろうか? いたら困るだろう。もしそうだったら、人類はとっくの昔に根絶をしていたはずだ。+がマイナスに反応するような、空が海に惹きつけられるような。根と葉が一心同体のような。おのずからなる性の反応。

でも、欲望の海は落ち着いておだやかな方がいい。感情の海は凪いでいる方がいい。逆波を立てない方がいい。性が昂揚する青春時代はとおくに過ぎた。今は静かに考えているだけでいい。生命宇宙のふくらみを賛嘆しているだけでいい。。美を賞賛しているだけでいい。
 

なくてもすむってことは楽ちんだ

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 5月18日(月)11時13分44秒
     1
おはようさん。

   2
「放てば手に満つ」っていいなあ。

   3
所有しているものを放り投げてしまったら、とたんにもっとも多く所有していた。その発見です。

   4
「なんにも持っていなければ、もっとも多く持っている」と言い直してもよさそうです。

   5
たとえば僕が手に鉛筆を握っています。鉛筆を握っていると手は鉛筆より他に持つことができなくなります。

   6
鉛筆を放ってしまうと、たしかに手には何にも握られてはいませんが、そこから途端に「無限大に持っている」
ことに変化をしていきます。これは大変化です。

   7
宇宙中を手に持っている方がずっと楽しいですね。

   8
持っている人はだから小欲の人です。持たない人は大欲の人です。

   9
ほんのちょっとを持って威張っていても、それはふくらませた蛙のお腹です。

   10
わたしのものにしないってことが清々しいのですね。

   11
であるのに、またもや僕は愚をやらかしています。

   12
あれも欲しいこれも欲しいと物色を始めました。自己所有は多寡がしれているのに、ね。
 

あるあるあるある

 投稿者:ぼふう  投稿日:2009年 4月25日(土)11時49分56秒
  無一物中無尽蔵。(むいちぶつ ちゅう むじんぞう)

     *

仏教は無所有無所得の哲学をひっさげています。
ヒトはなあんにも所有していない、というのです。
我が物にしたみたいに思っているけどそれは目の錯覚心の迷妄、無所得のまんまです。

裸で生まれてきたのに所得所有があるはずがありません。

いつも裸の無一物です。一物も身に帯びてはいません。帯びることなどできないのです。

それはなぜか?

無尽蔵の世界に生まれてきているからです。宝の山に生まれてきているからです。

無尽蔵というのは、「あるわ、あるわ、あるあるあるある!」という叫びです。発見です。

なんにもなくてもどっさりある。使い切れないほどたくさんある。

どんどん使っても使ってもまた尽きない。蔵の中にはどっさりどっさり宝が隠されて溢れている。

さあ、どうぞ、お好きなようにお好きなだけ使ってください! と宝が要求をしているのだが、無欲な人間は、まるで使い切れない。

せいぜい使ったと思っているのは我が身のまわりのほんの小さな小銭くらい。

大欲になれないままで死んでいく。

仏教はどうせなら大きな欲を持って生きよと教えている。

無尽蔵の宝?

それはどこにある?

って、言いたいよねえ。なんなんだろう、それは?

それは形になっている物? なっていない物?

すくなくとも「わたしのもの」と名札を書いている物くらいではなさそうだよね。
 

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