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佐賀北高校明日は決勝戦! きゃああ

 投稿者:ぼふう  投稿日:2007年 8月21日(火)19時04分57秒
夏の甲子園。今日は準々決勝戦だった。午後から長崎日大と佐賀北の試合があった。佐賀県人だからもちろん佐賀北に応援をしている。佐賀北が3対0で完封した。いよいよ明日は決勝戦である。ええっ、こんなに勝ち進んでいいのかなあ。わくわくぞくぞくする。日頃はちっともスポーツ観戦なんかしていないのに、こんなときにはずっと大ファンだった顔をして見ている。ちょっとおかしい。おかしいけどいいや。明日も応援をしよう。  

父に詫びる

 投稿者:ぼふう  投稿日:2007年 8月21日(火)09時55分11秒
いいんだよ
いいんだよ

父は
そう言ってくれると思っている

父は70才で亡くなるまで
働いた
まるで働かないと死んでしまうとでも思っているみたいに

肝硬変がいよいよひどくなってきた
入退院を繰り返した
退院するとすぐに仕事場に向かっていき
仕事にとりかかった

いよいよ腹水がたまって
身動きができなくなった
注射針で水を抜いてもらうと少し楽になった
母がつききりで看護をした
長期に及んで母もダウン
父の傍にベッドを作ってもらって入院した

父の生き方からすると
わたしのそれはまるでなまぬるい
ぐうたらにぐうたらを重ねているばかりだ
麻痺もやわらいで
動けるところまでには回復しているのに
働きにも行かない

いいんだよ
いいんだよ
それでいいんだよ

父はそう言ってくれているように思う
厳格な父だったので
ほんとはビンタの一発くらいはかましたいのかもしれないが
そこを我慢して
我慢に我慢をして

いいんだよ
それでいいんだよ
そう言って見守っていてくれそうな気がする

わたしはどこまでもあまったれである
死んで父の所へ行ったら
父のような生き方ができなかったことを
詫びなければなるまい
 

ハイ、そう思います

 投稿者:にゃん  投稿日:2007年 8月20日(月)22時20分34秒
  認知症の人は、心をこめて話すと、こちらの思いを理解してくれます。
こちらの心を受けるだけでなく、思いやりや感謝や何かしてあげたいと言う気持ちも持っていて、表現できます。
二十年位前、認知症の祖母を一ヵ月半預かりました。未だ認知症の介護について一般に知られておらず、ぶっつけ本番体当たりの介護でした。対応の仕方の分からなかった叔父叔母が、私が祖母と会話が出来、段々祖母が穏やかになっていくのを見て驚きました。

たった一月半だから、これ以上の偉そうなことは言えません。長く配偶者や親を介護するのはどんなに大変か想像できます。癌終末期の夫の看病も大変です。自分と関係が深いほど精神的に大変です。介護者に対するケアも必要だと痛感しました。

一人残されて、失感情状態に陥って四年、ようやく薬無しで生きているところです。
ろこさんは、舅さまとは一緒にお暮らしだったかな?皆色々苦労を抱えていますからね。
お言葉いただき、有難うございました。
ブログ拝見させていただきました。すばらしいです。夫が生きていたら喜んでフアンになるでしょう。私にはやや高度すぎますが・・
書き込めないけど読ませていただきます。
 

認知症の叔父から意見される

 投稿者:にゃん  投稿日:2007年 8月20日(月)14時14分43秒
   夢ね、ふうん、面白い。自分で新しい嫁さんといる彼を見たら、考え込むだろうな。

 先日、若年性認知症の叔父家族(奥さんと娘)が来た。娘が帰省し、遊びがてら病院選びや看護について相談する為。私は短期間だけど経験者だから。

 連絡を受けてから思いついて、玄関で待ち受けて近くの銀行ロビーの写真展に誘った。叔父は喜んだ。銀行の前に行くと、前回の蔓細工と写真の作品展(同じ会場)も覚えていると言った。叔父は写真が趣味だった。写真の内容について質問するほど興味を示してくれた。叔母は叔父がこれを理解できる事を喜んで、展示パネルを前に私達の写真を何枚も撮った。証拠写真を撮っておき、繰り返し見るのだ。出来るだけ記憶を留めようとしている。

 お盆に訪ねた時、叔父達の家の居間には家族の写真がべたべた張ってあった。それは少し前に、自分と一緒に居るのが配偶者であると分からなくなったからだった。結婚式の写真から、子供と一緒に居る写真、最近の写真と色々な写真もピックアップして直ぐ見られるように簡易アルバムも作ったあった。

 夫の部屋の夫の写真を「何処の人?」と聞いた。「私の彼よ」「いや、何処の?」「ああ、出身地?」「うん。」
言葉がスルスルとは出ない。しかし、今日はかなりの理解力があると思った。そのうち、「もうそろそろ・・そろそろ」と言う。「ンーンー・・おとこを・おとこを・・」 「オトコ?いっぱいいるよ。」と答えると「いっぱいは要らない。一人で良い。」とはっきり言った。
「そろそろいい男を見つけて再婚しろ」と言っているのだった。
 よかった!叔父は、時に妻を分からなくなるけれど、やはり最も大切な人と感じているのだ。叔母さんも自信を取り戻したようだった。
 

夢は変だ

 投稿者:ぼふう  投稿日:2007年 8月20日(月)10時28分37秒
にゃんさん、僕は夜明け方ご主人様の夢を見ました。ひょいと僕の夢の中に登場してきました。家の中には小さな娘さんがいて、そしてね、新しいお嫁さんを紹介されました。おかしいやねえ。それから舞台は飲み屋さんになって、彼は一人おいてその隣に座っていて、僕は、大声で大学の友人の話をしました。彼は、聞こえなかったらしい。今度は僕は僕の再就職の不安を話し出す。すると彼は指で○を作って、わかったよというサインを送りました。夢は変だ。彼の表情は例の通り終始微笑だった。トイレに立って行って、僕は、「ああ、ひさしぶりに宮崎君が訪ねてきたんだなあ」と独り言を言いました。  

考えちゃった

 投稿者:にゃん  投稿日:2007年 8月19日(日)21時17分39秒
   さすがの私も、考えました。
最近、あっけらかんのちゃらんぽらん、面倒な事は考えたくないどうにでもなれって言った風のにゃんです。

 昔の牧師夫人に電話をして、亡くなった人のことを話していました。
牧師夫婦がTさんのことで印象に残っている事。学院が夜の警備を警備会社に委託する前は、当直の先生がいて、女性用務員さんのTさんが夜回りをしていたのです。
 Tさんは戦争未亡人四人の子持ち、教会に通い始めて、学院の用務員として勤めることになったと聞いていました。
牧師が「一人で夜回りするのは恐くないですか?」と聞くと「何の、イエス様と一緒ですもん」と答えられたと。

 そうでした。こんな会話は普通でした。
「紙がありません。」と言えば「神共にいます。」と差し出す、これも普通。日常の会話の中に聖書の言葉がほいほい出てきました。よく一緒に祈りました。口先だけでなく、本当に神を意識しながら生きていました。

 今はその感覚がありません。神を感じないから祈りもしない。これでいいのかどうか分からない。
さっきは間違いました。信仰がなくなったのは十年以上前が正確、十五年もなっていません、大した違いは無いけど・・それから亡くなった女性は九十三歳でした。
 「私は信仰がなくなった」と言っても誰も本気にしません。「嘘、教会行ってるじゃん」「しぶしぶ行ってんだもん。心から祈ってなんかいないよ、こんなの信仰とは言わないよ。」
わからん!
 

続くお葬式

 投稿者:にゃん  投稿日:2007年 8月19日(日)15時34分0秒
   高齢の知人が、相次いで亡くなった。
昨日告別式だったのは九十五歳、今日お通夜は九十一歳。どちらもお元気だったし、長生きではある。でも、後者はゲートボールの最中の熱中症だ。好きな事をやっていての急死は良いかも知れないけれど・・熱中症はやはり残念。この異常な暑さは気をつけなければいけません。私など直ぐ「暑い」「しんどい」とへたばるから命に別状無いのかも。

 どちらも夫の勤めた学院の関係者、参列者もある程度同じ顔に出会うはず。少し前に未だ若い現職の方のお葬式があったばかり。なんということでしょう。先日、寺の住職さんから聞いたけど、今年の初盆はこれまでの最高で、四十八名だったと。これまでより十名以上多いと。年齢は二十代から百まで様々ですって。

 自分はまだまだ死なないような気がしているんですけど。死ぬかもしれないと思っていても、準備するのは面倒だから、死なない事にしておこうと言う面もある。
キリスト教では「メメント・モリ(死を覚えよ)」と言う言葉があって、現世の快楽だけを求めず死を意識して霊的な向上を図れと言われるんですけどね。この十五年以上、私は信仰をやめちゃったのです。もうどうでも良い!って。
 でも、教会が困らないように、自分のお葬式の時歌ってもらう讃美歌だけは決めておこうと思いました。
 

天の川を仰ぐ

 投稿者:ぼふう  投稿日:2007年 8月19日(日)11時15分19秒
@ 水底のやうなるしじま天の川

 今朝のNHK俳句の時間に紹介された12句のうちの一句。詠み手は佐賀県の人だった。

 水底は天の川を仰いでいる作者の位置。あるいは天の川が水底なのか。しじまは無音の静寂。宇宙は瞬時もおかずに膨張発展している。見ている位置だけが、取り残されてでもいるかのように思うほどの静寂が横たわる。光の速さで天の川までの距離はどれくらいあるのだろう? 宇宙空間はほんとうにどんな音も聞こえていないのだろうか。星々がそれぞれに特有の楽器を鳴らしてコンサートをしている、とも聞いたのだが。
 

お堅い詩でいい

 投稿者:にゃん  投稿日:2007年 8月18日(土)09時25分40秒
   いいえ、つまらなかったのではありません。
その雰囲気を壊したくなかったのです。読んでました。

 今朝、コミュニティーFMで言っていました。
次世代に伝えたい童謡ランキング!
 1 赤とんぼ
 2 ゆうやけこやけ
 3 ふるさと
 4 里の秋
 5 小さい秋見つけた
 6 早春賦
 7 春の小川
 8 メダカの学校
 9 朧月夜
 10 春が来た
だそうです。調査は朝日新聞と言ったかな?でも、新聞では見なかったけど、見落としたかな?
春が非常に多いですね。春は歌いたくなるのかな?にゃんは年中歌っているけど。
 

その朝が来ている

 投稿者:ぼふう  投稿日:2007年 8月18日(土)07時33分11秒
その朝が来ている。
高い杉の木のてっぺんでそれを知らせるようにハシブトガラスが鳴く。
三郎太はいきなりアルツハイマーに襲われたように、これまでの興味を失う。
握っていた手の力が抜ける。やりたいことがまるでなくなっている。
善悪のどちらもすっかり色が褪せている。もうどちらでもいいのだ。

三郎太の日没のなんといきなりであることか!
肉体の衰えも精神の衰えも同い年の友人とは比べものにならない速さだ。
草に虫がすだく。庭先まで秋が来てそこで三郎太は放心している。

どうしたらいい。どうしたらいい。
三郎太は目を動かした。もう少し電池が残っているらしい。
 

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