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盗むな。この戒は、まあ、わかる。でも、盗むなと言うな。これはわかりにくい。
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相手の物を自分のものとしない。これは理解がいく。自分の物を自分の物としない。これはなんだか抵抗がある。
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自分の物とは、しかし、はたして、どこまでを言うのだろうか? なにしろ、裸で生まれてきているのである。であれば、みんな借り物をしてるに過ぎないのではないか。厳密に、自己の所有物と宣言できる物がはたしてあるのだろうか? 動産、不動産は、登記すれば一応自己所有になっているが、これとて、取り決めに過ぎまい。あれもこれも自己所有に取り込んでしまって平気でいるが、そもそも地球は地球の物である。地球を分割して、思い思いに自己所有を宣言しているが、お預かりをさせてもらっていることを忘れてはならない。
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盗るな、と人に言う。ということはこれは自己の所有物であってあなたの所有ではないと主張していることである。そのくせに、地球の空気も水も光もみんな盗っているのである。あれはもらっている、と弁解をするだろうが、あなたにあげますと許可をされたということは聞かない。資本主義の世の中だから、僕の言うことはまるで通用しない論理だが、だからといって、増長をしてもならない。裸で死んでいくのである。みんな返却して死んでいくのである。自己所有をしていなかった証ではないか、これは。
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ジャンバルジャンは銀の燭台を盗んだのに、牧師さまは、盗んだとはされなかった。神様は等しくすべての人にこの世の物を提供されたのである。あなたは所有していい、あなたは使ってはならない、とは言われなかったはずである。
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仏教の盗むな、の戒は警察の言う戒ではない。「盗む心をもってはならない」ということである。生かされているばかりの命であれば、人の物自分の物の自己所有を主張してはならない、ということである。お釈迦様は無所有を貫かれた。「盗むな!」と言われたら、われわれは水一滴飲めないのである。
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