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(無題)

 投稿者:林田  投稿日:2014年 4月17日(木)22時55分52秒
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  お忙しいところ、お返事ありがとうございます。なるほど、確かに住職の言われることは尤もですね。

しかしながら、一人お釈迦様の教えを守って山の中に籠っていたとしたら、誰がその背中を見て教えを授かる機会があるのでしょうか?お釈迦様も修行のために妻子を捨ててますし、現代の倫理観からいったら到底容認される行為ではないですよね。

昔のインドは過酷な生活の上になりたっていたので、労働者階級はみんな生まれ変わりたくないと思っていたと思います。しかし輪廻があるとまた生まれ変わってしまうので、その輪廻から抜け出す方法、つまり解脱する方法を見つけた(と言われている)のがお釈迦様というのが私の理解です。しかし、現代はその逆で、大部分の人は居心地がよいので出来ればまた生まれ変わりたい、つまり解脱したくないと思っていると思います。

時代が変われば必要とされる宗教も変わってくるはずで、隣人愛を説いているキリスト教は、友愛的な観点から普遍的に必要とされるかも知れませんが、解脱を目標とする仏教というのはそれを必要としない現代においてはその影響力がどんどん衰えていくと思います。しかもその経典は聖書と異なり、一般の人には全くチンプンカンプンというのではどうやって仏教の大事な教えというのを広げることが出来るのでしょうか?

お坊さんの世界も戒律が厳しく、イジメや理不尽な先輩の僧侶からの注文もあると聞きます。お坊さんというだけで無闇に有難がる人や、自分だけ分かったような顔で偉そうに説教する坊さんを見ると不愉快になります。

結局、仏教の現代における‘‘効用’’というのは、その教え、または修行によって、自分がある種の悟りに似た「平穏な心持ち」を得ることではないかと思っています。ただ、これは内省する能力のある人や知性的な人が持てる心持ちで、一般的な人に浸透するにはなかなか難しいのではないかとも思っています。

私は宗教学者ではないので上の理解は間違っているかも知れませんが、日頃、疑問に感じていることを率直に書かせていただきました。

また機会がありましたら、よろしくお願いします。
 
 
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